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人類の起源・進化~新旧石器時代|日本 生活 文化


目次


  1. 人類の起源
  2. 人類の進化
  3. 旧石器時代
  4. 新石器時代

人類の起源


系統図

人類は、霊長類(サル目;霊長目)から進化して、現在の姿になったと言われています。その系統図が、下図です。

系統図

霊長類(サル目;霊長目)の進化の歴史は、約8500万年前まで遡ることができます。かつては有胎盤類の中で最も古い分類群と考えられていましたが、現在は他の哺乳類も既にこの頃には分岐が進んでいたことが確認されています。霊長類は、解剖学的・形態学的、および、分子系統学的知見が発達するに連れて、ネズミ目(齧歯目)およびウサギ目と祖先を共有する一大分類群「真主齧上目」の一員と見なされるようになりました。係る共通祖先の理論的に想定される生息年代は、白亜紀後期です。霊長類の既知で最古の化石は、白亜紀末期のララミディア大陸(元はローラシア大陸の一角、現在の北アメリカ大陸西部相当地域)で発見されており、プレシアダピス類(偽霊長類)と呼ばれています。このように、霊長類の進化は約6500万年前、白亜紀末期頃に始まったと考えられています。

最古の化石

霊長類進化の最初期の段階に関する情報は、化石記録に空白部分があるために限られています。しかし、中国の始新世前期の地層(5500万年前のもの)から、小型で極めて原始的な霊長類のほぼ完全な骨格が、かなりの部分の関節がつながった状態で発見されたことで、今回いくつかの手がかりが得られました。この新たに発見された霊長類は、既知のもので最古のメガネザル類と考えられ、真猿類系統が極めて初期に他の霊長類から分岐したことを示唆しています。この化石霊長類は現在のピグミーネズミキツネザルほどの大きさで、骨格の特徴から、敏捷な昼行性の食虫性動物であったと考えられます。

最古の化石
ポイント

人類の祖先は、約8500万年前~約6500万年前、霊長類(サル目;霊長目)から進化して、現在の姿になったと言われています。


人類の進化


人類の進化

上図は、人類の進化を表す有名な図です。一番右が、「ホモサピエンス」で、解剖学上は、現代の人間のことです。その左から、「クロマニョン人」「ネアンデルタール人」「ラマピテクス」「オレピテクス」と続いて、一番左が、「ドリオピテクス」という初期の猿人と言われています。

このように、「猿人」から「ホモサピエンス」に進化したという考えは、19世紀になってすぐ提唱されました。

しかし、この進化の説明が、間違っているようなのです。

こういったイメージ画は、1965年にTime Life booksから出版された「Early Man」の中で初めて発表されたものです。そして、その本の中では人間が毛むくじゃらの小さな猿人から進化したとは断言していませんでした。それに加えて、人類学者であるF. Clark Howellによって書かれたその本では、人間の進化についての微妙な議論を記していました。しかも、ある種から直接、次の種へ進化することを表現したイラストを解釈することについて警告さえしていたのです。しかし、その本はよく売れて、イラストもかなりの人気を得たのです。それが、広まってしまったという訳です。

人類誕生CG

再生ボタンを押した後、「YouTubeで見る」をクリックしてください。
ポイント

進化の過程を描いたイメージ画は、あまり信用できないもののようですが、このような過程で、人類が進化したことは事実でしょう。


旧石器時代


期間

12万年前~1万6000年前。日本列島に人類が移住してから、土器を使い始めるまでです。

日本列島の人類の歴史

日本列島の旧石器時代は、人類が日本列島へ移住してきた時に始まり、終わりは1万6000年前と考えられています。無土器時代、先土器時代、岩宿時代とも言います。日本列島での12万年前の人類の足跡が、島根県出雲市多伎町砂原の砂原遺跡で、見つかりました。この時代に属する遺跡は、列島全体で数千ヵ所と推定されています。一方、終期については、青森県外ヶ浜町大平山元遺跡出土の土器に付着した炭化物から、1万6500年前と推定されています。

日本列島
オレンジは、海面上の地域。白色は、植物の生息していない地域。水色は、海を表しています。
学説

従来の学説では氷期に日本列島は大陸と陸続きになり日本人の祖先は獲物を追って日本列島にやってきたとされてきましたが、近年の研究では氷期の最寒期でも津軽海峡、対馬海峡には海が残り陸続きにならなかったことが分かってきました。また舟を使わないと往来できない伊豆諸島・神津島産の黒曜石が関東地方の後期旧石器時代の遺跡で発見されていることなどから、「日本人の祖先は舟に乗って日本列島にやってきた」という研究者の発言も新聞で報道されています。しかし、この時期には船の遺物は発見されていないため少数の意見です。

ナイフ形石器

古く北海道と九州方面は大陸と地続きであり、ナイフ形石器と呼ばれる石器が列島全域で広く使用されました。このナイフ型石器は北海道では発掘されていません。 約2万年前にはシベリアから新たに細石刃と呼ばれる石器が主に東日本に広まりました。しばらく東日本の細石刃文化と西日本のナイフ形石器文化が併存しましたが、ほどなく細石刃が西日本にも広まり、約1万5千年前ごろ、ナイフ型石器は急速に姿を消しました。

打製石器
旧石器捏造事件

1980年代から、東北地方を中心に、前期旧石器時代・中期旧石器時代が日本に存在したという証拠が次々に「発見」されました。発見の中心人物は藤村新一氏で、従来の常識を覆す「成果」とされ、日本の旧石器時代は約70万年前まで遡るとされました。しかし、2000年11月に、藤村氏が宮城県上高森の発掘現場で石器を埋めるところを毎日新聞取材班が撮影し、同年11月5日に旧石器発掘捏造を報じました。その後、日本考古学協会の調査で藤村氏が関与した33か所の遺跡のすべてが疑わしいものとされ、今のところ、前・中期旧石器時代の確実な遺跡は日本には存在しないと理解されています。

生活・文化

旧石器時代人は、主として狩猟によって食糧を得ていました。当時の遺跡からは、野牛・原牛・ナウマンゾウなどの大型哺乳類の骨、ニホンシカ、イノシシ、ノウサギなどの中・小哺乳動物の骨が発見されています。そして、大型哺乳動物を解体する作業場となるキル・サイトも発見されています。このように、旧石器時代人は、大型哺乳動物を追う狩人たちであったと思われます。

竪穴住居跡を伴う遺跡がほとんど発見されていないのは、旧石器時代人がキャンプ生活をしながら移動を繰り返していたからだとも推定されています。

約4~3万年前にかけて世界最古とされる磨製石器(局部磨製石斧)が多数発見されており、すでに列島では独自の磨製石器の使用が見られます。 岩戸遺跡から約2万4千年前のものとみられるこけし型の岩偶が出土したことで、旧石器時代にも何らかの信仰があったことがうかがえます。

ポイント

12万年前~1万6000年前、人類が、日本列島に移住してから、石器を使って、土器を使い始めるまでが、旧石器時代です。


新石器時代


期間

1万6000年前~1万4000年前。土器の出現や竪穴住居の普及、貝塚の形式などが発展した時代です。※新旧石器時代の期間に関しても、諸説あり、次の縄文時代と重なる時期もあります。

生活・文化

新石器時代は、完新世のうちのひとつの区切りである亜旧石器時代に続き、新石器革命を形成する耕作の発展によって開始したとされ、伝統的に石器時代の最後の部分とされる時代である。

西アジア、ヨーロッパ、中国では農耕や牧畜が始まった時期と当てはまり、最古のものは紀元前8世紀、以降でも紀元前6世紀から5世紀までは遡ることができます。アメリカ大陸では紀元前4世紀から中央アメリカやアンデス山脈などで農耕の開始が確認できます。やがて銅器時代もしくは青銅器時代を経て、地域によってはこれを経ずに直接鉄器時代に入り、冶金術の成立によって金属による道具が広まったときに終了しました。ただし、生産段階と道具が対応しない地域も存在します。日本では鉄器は6世紀頃まではもっぱら輸入に頼っており、アメリカ大陸や南洋地域では15世紀以降のヨーロッパの進出でもたらされたものの、製造技術の獲得に至りませんでした。

ポイント

1万6000年前~1万4000年前、土器の出現や竪穴住居の普及、貝塚の形式などが発展したのが、新石器時代です。ただし、この時代の記述は、文献により異なり、世界のことも考慮すると、曖昧な分類のようです。


引用文献


  1. ウィキペディア
  2. logmiBiz
  3. nature

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