日本の近代化は、幕末における西洋技術の導入以降、非西洋地域で初めて、かつ、約50年という極めて短期間のうちに飛躍的な発展を遂げたという点において、世界史的にも特筆されます。その飛躍的な発展の過程において、大きな原動力となったのは、九州・山口と関連地域における産業近代化への取組です。
万田坑は明治35年(1902年)から出炭を開始しましたが、当時の最先端の技術導入がなされ、明治・大正期における最大級の炭鉱施設となりました。国内外の石炭需要の増加に対し、高島炭と並ぶ高品位炭で、安価を武器に海外市場を席巻した三池炭鉱の主力坑であり、豊富な埋蔵量を誇って、国内外の石炭需要を賄いました。昭和26年(1951年)に採炭を中止、その後は排水等の役割を担っていましたが、平成9年(1997年)に閉山しました。万田坑には、巻揚機をはじめ、明治期の炭鉱施設として採炭から出炭までの一連の施設が残されており、建造物と史跡で二重の国指定になっている炭鉱施設として、我が国の近代化を知る上で欠かすことのできない貴重な遺産です。(熊本県より)
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「大江教会」は、キリスト教解禁後、天草で最も早く造られた教会です。現在の建物は昭和8(1933)年、フランス人宣教師・ガルニエ神父が地元信者と力を合わせて建立しました。﨑津教会を「海の天主堂」と呼ぶのに対し、丘に建つ大江教会は「丘の教会」と呼び親しまれています。1907年には、北原白秋や与謝野鉄幹ら5人の若き詩人がガルニエ神父を訪ね、その時の様子は「五足の靴」と題した紀行文として発表されたことでも知られています。教会内部ではステンドグラスや、素朴で温かみのある天井や窓の装飾などを見ることができます。(熊本県観光振興課より)
【公式サイト】:熊本県観光振興課